「第2住吉前」の版間の差分
ナビゲーションに移動
検索に移動
Iyokanmorigen (トーク | 投稿記録) (ページの作成:「{{基礎情報 |よみ = だいにすみよしまえ |名称 = 第2住吉前 |画像 = |画像説明 = |振興局 = 後志総合振興局 |都市…」) |
Iyokanmorigen (トーク | 投稿記録) (テンプレート:基礎情報の更新に伴う編集) |
||
1行目: | 1行目: | ||
{{基礎情報 | {{基礎情報 | ||
|よみ | |よみ = だいにすみよしまえ | ||
|名称 | |名称 = 第2住吉前 | ||
|画像 | |画像 = | ||
|画像説明 | |画像説明 = | ||
|振興局 | |地図 = | ||
| | |振興局 = 後志総合振興局 | ||
|20万図名 | |起点 = 小樽市住吉町 | ||
|5万図名 | |終点 = 小樽市住吉町 | ||
|2.5万図名 = 小樽東部 | |20万図名 = 札幌 | ||
|用途 | |5万図名 = 小樽東部 | ||
|路線名 | |2.5万図名 = 小樽東部 | ||
|管理者 | |用途 = 鉄道 | ||
|施工者 | |路線名 = 官営幌内鉄道(-1889)<BR>北海道炭礦鉄道幌内線(1889-) | ||
|設計者 | |管理者 = | ||
|工事費 | |施工者 = | ||
|着工 | |設計者 = | ||
|竣工 | |工事費 = | ||
|開通 | |着工 = 1880(明治13)年5月28日 | ||
|閉鎖 | |竣工 = 1880(明治13)年9月30日 | ||
|現況 | |開通 = 1880(明治13)年11月28日 | ||
| | |閉鎖 = 1891(明治24)年7-9月 | ||
|総幅員 | |現況 = オープンカット | ||
| | |延長 = 352尺 | ||
|坑門型式 | |総幅員 = | ||
|掘削工法 | |車道幅員 = | ||
|覆工 | |軌間・軌道数 = 1,067mm・単線 | ||
|舗装 | |中央高 = 16尺2寸5分 | ||
|照明 | |建築限界高 = | ||
| | |有効高 = | ||
| | |電化/非電化 = 非電化 | ||
|坑門型式 = | |||
|掘削工法 = | |||
|覆工 = | |||
|舗装 = | |||
|照明 = | |||
|換気 = | |||
|排水 = | |||
|トンネル等級 = | |||
|非常用設備 = | |||
|注釈 = | |||
}} | }} | ||
'''第2住吉前トンネル'''は幌内鉄道の手宮駅-小樽仮停車場(開運町駅とも呼ばれる、後の南小樽駅)間にあったトンネル。位置は現在量徳橋が架かる付近の掘割である。南小樽駅は量徳橋の手宮側に位置しているが1881(明治14)年までは札幌側に位置していた。幌内鉄道が北海道炭礦鉄道に引き継がれた後側線増設と倉庫新築のためオープンカットされた。 | '''第2住吉前トンネル'''は幌内鉄道の手宮駅-小樽仮停車場(開運町駅とも呼ばれる、後の南小樽駅)間にあったトンネル。位置は現在量徳橋が架かる付近の掘割である。南小樽駅は量徳橋の手宮側に位置しているが1881(明治14)年までは札幌側に位置していた。幌内鉄道が北海道炭礦鉄道に引き継がれた後側線増設と倉庫新築のためオープンカットされた。 |
2020年10月21日 (水) 19:55時点における版
だいにすみよしまえ
第2住吉前
| |||||||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
第2住吉前トンネルは幌内鉄道の手宮駅-小樽仮停車場(開運町駅とも呼ばれる、後の南小樽駅)間にあったトンネル。位置は現在量徳橋が架かる付近の掘割である。南小樽駅は量徳橋の手宮側に位置しているが1881(明治14)年までは札幌側に位置していた。幌内鉄道が北海道炭礦鉄道に引き継がれた後側線増設と倉庫新築のためオープンカットされた。