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2019年6月20日 (木) 22:20時点における版
仏坂トンネルは室蘭市にあるトンネル。室蘭市の絵鞆半島にある茶津岬の付け根、室蘭本線母恋駅 - 室蘭駅間に作られた。
室蘭本線の前身である北海道炭礦鉄道室蘭線は1892(明治25)年8月1日に岩見沢から室蘭駅(現在の東室蘭駅)が開通して始まった。石狩炭田からの石炭をこれまでは小樽港から船に積み出し運炭していたが、元をたどるとお雇い外国人のホーレス・ケプロン (Horace Capron) は室蘭まで鉄道を敷き、より本州に近い室蘭港から積み出しを行うよう進言したが政府は小樽港を選択した歴史がある。1886(明治19)年の北海道庁の設置を経て官営事業だった鉄道を北海道炭礦鉄道に払い下げそれ以降石狩炭田の開発のためようやく室蘭港まで鉄道が敷かれたのであった。このとき線路の終端はイトッケレップ(現在の室蘭市御崎町)にあり仏坂トンネルは存在していなかった。当時室蘭港は海軍鎮守府の設置が予定されていたためこれより先への工事が許されなかったのである。しかし室蘭港が特別輸出港に指定されると鉄道延伸が許可され、鎮守府の計画は1903(明治36)年に立ち消えとなった。許可が下りたのは1895(明治28)年のことであるが海面を埋め立てこの仏坂トンネルを穿つ工事のためようやく開通にこぎつけたのは1897(明治30)年7月1日である。この区間の開通とともにかつての室蘭駅は輪西駅と改称され新たな室蘭駅が終点に据えられた。輪西駅は1928(昭和3)年東輪西駅に、1931(昭和6)年に東室蘭駅と名を改め現在に至る。一方室蘭駅は1997(平成9)年に移転し現在の室蘭駅が誕生したが、旧駅舎は今でも観光案内所として活用されている。
仏坂に道路ができる以前、かろうじて歩行者は仏坂を通ることができたが、車馬は茶津の岬を周っていた(チャツを参照)。明治の初期、茶津の岬の付け根に道路が作られたが、この工事に従事し亡くなった者を付近に埋葬し塔婆を立てたのでこの付近を仏坂というようになった。
1代目
仏坂
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1代目は室蘭駅開業とともに開通した単線の鉄道トンネルである。本線としての役割を終えた後は入れ替え線として長らく活躍した。
2代目
仏坂
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1906(明治39)年10月1日室蘭線は国有化された。北海道炭礦鉄道から改められた北海道炭礦汽船は売却金を元手に輪西製鉄所・日本製鋼所を作り、室蘭を取り巻く鉄道貨物需要は更に増進していった。そのため国鉄は室蘭線の複線化に取り掛かりその第1歩目として室蘭駅 - 輪西駅間を1910(明治43)年12月27日に複線化し開業させた。仏沢トンネルは1代目の隣に複線のトンネルが新設した。
3代目
室蘭本線電化工事にあわせ仏沢トンネルを改良することになった。1979(昭和54)年4月、1代目仏沢トンネルを仮線として開通させた。そして2代目仏沢トンネルの断面を拡大し3代目へと改修した。