「渡島中山峠」の版間の差分

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3代目開通に伴う編集、その他微修正
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'''中山峠'''(同名の峠があるため'''渡島中山峠'''とも呼ばれる)は函館と道南江差を結ぶ国道227号のほぼ中間にあたる北斗市と厚沢部町の境界にある峠である。2世代のトンネルがあり、さらに新トンネルが建設中である。
'''中山峠'''(同名の峠があるため'''渡島中山峠'''とも呼ばれる)は函館と道南江差を結ぶ国道227号のほぼ中間にあたる北斗市と厚沢部町の境界にある峠である。峠の頂上には3世代のトンネルがある。


== 山道時代 ==
== 山道時代 ==
中山峠の初めての道は6代目鈴鹿甚右衛門によって開かれた。鈴鹿家は江差に続く商家で代々甚右衛門を襲名しその6代目が山道を開削した。6代目甚右衛門は他にも長坂庄兵衛と組み太田山道・狩場山道を開削している。この2山道の開削ののち1858(安政5)年に半年間の工事を経てここ中山峠に山道を築き上げた。山道時代の中山峠は地名をとって'''厚沢部越'''・'''芦沢部越'''・'''大野越'''・'''鶉山道'''または開削者の名前から'''鈴鹿山道'''などと呼ばれた。山道は函館 - 江差を結ぶ重要な道であったから大小の改修を重ね冬季にも使われ続けた。
中山峠の初めての道は6代目鈴鹿甚右衛門によって開かれた。鈴鹿家は江差に続く商家で代々甚右衛門を襲名しその6代目が山道を開削した。6代目甚右衛門は他にも長坂庄兵衛と組み太田山道・狩場山道を開削している。この2山道の開削ののち1858(安政5)年に半年間の工事を経てここ中山峠に山道を築き上げた。山道時代の中山峠は地名をとって'''江差山道'''・'''厚沢部越'''・'''芦沢部越'''・'''大野越'''・'''鶉山道'''または開削者の名前から'''鈴鹿山道'''などと呼ばれた。山道は函館 - 江差を結ぶ重要な道であったから大小の改修を重ね冬季にも使われ続けた。
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|用途        = 道路
|用途        = 道路
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|管理者      =  
|管理者      = 函館開発建設部江差道路事務所
|施工者      = 松本・工藤・高木共同企業体(1962)<BR>松本・道南共同企業体(1963-)
|施工者      = 松本・工藤・高木共同企業体(1962)<BR>松本・道南共同企業体(1963-)
|設計者      = 函館開発建設部
|設計者      = 函館開発建設部
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|竣工        = 1966(昭和41)年3月
|竣工        = 1966(昭和41)年3月
|開通        =  
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|閉鎖        = 2023(令和5)年12月6日6:00
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|延長        = 580m
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|内空断面画像 = 道路
|内空断面画像 = 道路
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== 3代目 ==
== 3代目 ==
{{基礎情報
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|よみ        = しんなかやま
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|名称        = 新中山(仮称)
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|TID          = 245378
|TID          = 245378
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|画像        = 20230411132650DSC 0007.jpg
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|振興局      = {{渡島}}{{檜山}}
|振興局      = {{渡島}}{{檜山}}
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|起点住所    = 北斗市中山
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|起点北緯    = 41.945291
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|起点東経    = 140.463928
|終点住所    = 檜山郡厚沢部町木間内
|終点住所    = 檜山郡厚沢部町木間内
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|終点東経    = 140.456552
|20万図名    = 函館
|20万図名    = 函館
|5万図名      = 館
|5万図名      = 館
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|用途        = 道路
|用途        = 道路
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|路線名      = {{一般国道227号}}
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|管理者      = 函館開発建設部江差道路事務所
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|施工者      = 松本・森川特定建設工事共同企業体
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|着工        = 2021(令和3)年2月5日
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|竣工        = 2023(令和5)年1月31日
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|開通        = 2023(令和5)年11月8日6:00(下り線開通)<BR>2023(令和5)年12月6日6:00(全面開通)
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|総幅員      = 9.0m
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|舗装        = Co
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2代目トンネルが老朽化し、また防災の面からも必要が生じ3代目が計画された。2013(平成25)年に渡島中山防災事業として事業化。トンネルとその前後1.4kmを整備する。
2代目トンネルが老朽化し、また防災の面からも必要が生じ3代目が計画された。2013(平成25)年に渡島中山防災事業として事業化し、トンネルとその前後1.4kmを整備した。トンネルは2021(令和3)年6月終点側(厚沢部方)から片押しで掘進を開始し、2022(令和4)年6月23日に貫通、7月12日には坑内で貫通式が催された。2023(令和5)年11月8日6:00に2代目と3代目で上下線を分かつセパレート交通を開始、12月6日6:00に3代目は全面開通し、2代目は即日通行止めとなった。2024(令和6)年1月31日までの工期で付帯工事を行っている。
 
== ギャラリー ==
== ギャラリー ==
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2023年12月6日 (水) 18:32時点における版

中山峠(同名の峠があるため渡島中山峠とも呼ばれる)は函館と道南江差を結ぶ国道227号のほぼ中間にあたる北斗市と厚沢部町の境界にある峠である。峠の頂上には3世代のトンネルがある。

山道時代

中山峠の初めての道は6代目鈴鹿甚右衛門によって開かれた。鈴鹿家は江差に続く商家で代々甚右衛門を襲名しその6代目が山道を開削した。6代目甚右衛門は他にも長坂庄兵衛と組み太田山道・狩場山道を開削している。この2山道の開削ののち1858(安政5)年に半年間の工事を経てここ中山峠に山道を築き上げた。山道時代の中山峠は地名をとって江差山道・厚沢部越・芦沢部越・大野越・鶉山道または開削者の名前から鈴鹿山道などと呼ばれた。山道は函館 - 江差を結ぶ重要な道であったから大小の改修を重ね冬季にも使われ続けた。

1代目

なかやま
中山

北海道 トンネルwiki ID:656656

北斗方坑口
北斗方坑口

基礎情報
振興局
渡島
総合振興局
檜山
振興局
起点
住所 北斗市中山
座標 41.947737,140.459878
終点
住所 檜山郡厚沢部町木間内
座標 41.948308,140.458151
図名
20万 5万 2.5万
函館 館 設計山
用途 道路
路線名 地方費道1号札幌江差線(-1953)
2級国道227号函館江差線(1953-1965)
一般国道227号(1965-)
工事費 10万余円
着工 1923(大正12)年5月
竣工 1924(大正13)年6月
現況 廃止
起点側坑口柵による閉鎖
終点側坑口崩落
延長 115.60m

総幅員
=5.50m
車道幅員
=4.5m
中央高
=(N/A)
有効高
=(N/A)
建築限界高
=4.0m
坑門
型式
起点 面壁
終点 面壁
覆工 側壁:間知石
アーチ:レンガ
舗装 未舗装

山道の峠は勾配が急であったため乗合馬車や自動車は一旦客を下車させて峠を越えていた。この状況を打開しようと距離を伸ばして勾配を緩やかにせしめようとするのは誰もが思うごく自然なアイディアであった。しかし当時の厚沢部村村長佐野勇松は赴任当初から山道の改修に関心を示し、トンネル化を強く推した人物であった。はじめは話を聞く誰もが夢物語と一蹴するこの構想も、わずか3か年の佐野の在任期間中には有力な案となり、1923(大正12)年5月にはついに起工にこぎつけた。佐野は1924(大正13)年4月乙部へ転任したため完成を見ることはなかったが、トンネルは同年6月に竣工した。

2代目

なかやま
中山

北海道 トンネルwiki ID:393611

厚沢部方坑口
厚沢部方坑口

基礎情報
振興局
渡島
総合振興局
檜山
振興局
起点
住所 北斗市中山
座標 41.946832,140.462050
終点
住所 檜山郡厚沢部町木間内
座標 41.950251,140.456622
図名
20万 5万 2.5万
函館 館 設計山
用途 道路
路線名 一般国道227号
管理者 函館開発建設部江差道路事務所
施工者 松本・工藤・高木共同企業体(1962)
松本・道南共同企業体(1963-)
設計者 函館開発建設部
工事費 2億9100万円
着工 1962(昭和37)年12月中旬
竣工 1966(昭和41)年3月
閉鎖 2023(令和5)年12月6日6:00
現況 現役
延長 579.8m+スノーシェッド160.0m

総幅員
=7.0m
車道幅員
=6.5m
中央高
=(N/A)
有効高
=(N/A)
建築限界高
=4.5m
坑門
型式
起点 ルーバー
終点 面壁
掘削
工法
矢板
覆工 Co T=50cm
舗装 Co・As
照明 ナトリウム×236
換気 自然
排水 サイドドレーン
等級
非常用
設備
有り
1998(平成10)年照明改修

1代目のトンネル開通によって最大の難所は改善されたがそれ以降も中山峠は依然として険路であることに変わりはなかった。特に第2次世界大戦中は最低限の補修さえままならずむしろ危険が増していたため、中山峠は国道に昇格され1958(昭和33)年より改修に着手した。トンネルは1962(昭和37)年12月着工、1966(昭和41)年3月竣工。

3代目

なかやま
中山

北海道 トンネルwiki ID:245378

厚沢部方坑口
厚沢部方坑口

基礎情報
振興局
渡島
総合振興局
檜山
振興局
起点
住所 北斗市中山
座標 41.945291,140.463928
終点
住所 檜山郡厚沢部町木間内
座標 41.949295,140.456552
図名
20万 5万 2.5万
函館 館 設計山
用途 道路
路線名 一般国道227号
管理者 函館開発建設部江差道路事務所
施工者 松本・森川特定建設工事共同企業体
着工 2021(令和3)年2月5日
竣工 2023(令和5)年1月31日
開通 2023(令和5)年11月8日6:00(下り線開通)
2023(令和5)年12月6日6:00(全面開通)
現況 現役
延長 781.00m

総幅員
=9.0m
車道幅員
=6.5m
中央高
=(N/A)
有効高
=(N/A)
建築限界高
=(N/A)
掘削
工法
NATM
上半先進ベンチカット
覆工 Co
舗装 Co
照明 LED
換気 自然
排水 センタードレーン
非常用
設備
有り

2代目トンネルが老朽化し、また防災の面からも必要が生じ3代目が計画された。2013(平成25)年に渡島中山防災事業として事業化し、トンネルとその前後1.4kmを整備した。トンネルは2021(令和3)年6月終点側(厚沢部方)から片押しで掘進を開始し、2022(令和4)年6月23日に貫通、7月12日には坑内で貫通式が催された。2023(令和5)年11月8日6:00に2代目と3代目で上下線を分かつセパレート交通を開始、12月6日6:00に3代目は全面開通し、2代目は即日通行止めとなった。2024(令和6)年1月31日までの工期で付帯工事を行っている。

ギャラリー