「畚部岬」の版間の差分

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小樽と余市の間の道路は多少の起伏はあるが徒歩での通行に大きな障害となる険路ではなかった。しかし道の状態はあまりよくなかったため1878(明治11)年12月改修に着手、翌1879(明治15)年に完成した。工事は沿線住民らの寄付奉仕により、多くは本業の漁業の合間を利用して行われた。この工事により畚部岬を貫くトンネルが初めて穿たれた。
小樽と余市の間の道路は多少の起伏はあるが徒歩での通行に大きな障害となる険路ではなかった。しかし道の状態はあまりよくなかったため1878(明治11)年12月改修に着手、1882(明治15)年に完成した。工事は沿線住民らの寄付奉仕により、多くは本業の漁業の合間を利用して行われた。この工事により畚部岬を貫くトンネルが初めて穿たれた。
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2022年1月31日 (月) 20:39時点における版

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畚部岬は小樽市と余市町の境界にある岬。岬の付け根には道路トンネルがあり、300mほど内陸には鉄道トンネルがある。

道路1代目

ふごっぺ
畚部

基礎情報
振興局 後志総合振興局
図名
20万 5万 2.5万
岩内 小樽西部 余市
用途 道路
路線名 国道42号(1907-?)
仮定県道西海岸線(1907-?)


小樽と余市の間の道路は多少の起伏はあるが徒歩での通行に大きな障害となる険路ではなかった。しかし道の状態はあまりよくなかったため1878(明治11)年12月改修に着手、1882(明治15)年に完成した。工事は沿線住民らの寄付奉仕により、多くは本業の漁業の合間を利用して行われた。この工事により畚部岬を貫くトンネルが初めて穿たれた。

道路2代目

ふごっぺ
畚部

基礎情報
振興局 後志総合振興局
図名
20万 5万 2.5万
岩内 小樽西部 余市
用途 道路
路線名 国道4号(1952)
1級国道5号(1952-1965)
2級国道229号(1953-1965)
一般国道5号(1965-)
一般国道229号(1965-)
設計者 小樽開建設部
工事費 446万円
着工 1952(昭和27)年8月
竣工 1952(昭和27)年11月
現況 現役
延長 40.50m(1952-1967)
46.0m(1967-)
掘削
工法
矢板
覆工 Co T=30cm
舗装 未舗装(-?)
As(?-)
照明 無し
換気 自然
等級 D
非常用
設備
無し



道路3代目

しんふごっぺ
新畚部

基礎情報
振興局 後志総合振興局
図名
20万 5万 2.5万
岩内 小樽西部 余市
用途 道路
路線名 一般国道5号
一般国道229号
開通 2018(平成30)年12月7日6:05
延長 63m


先代のトンネルは幅員が狭く交通上のボトルネックとなっていたため、これの解消を目指す「栄町中央帯整備事業」が2008(平成20)年事業化した。2015(平成27)年に着工し海側の隣に新トンネルを設け、先代と本トンネルの2本で上下線(各1車線)を分けるセパレート交通を採用した。工事延長は500m。2018(平成30)年12月7日6:00に小樽へ向かう車線を一時停止し、5分後にセパレート方式の供用を開始した。

鉄道

らんしま
蘭島

基礎情報
振興局 後志総合振興局
図名
20万 5万 2.5万
岩内 小樽西部 余市
用途 鉄道
路線名 北海道鉄道線(-1907)
函館本線(1909-)
開通 1902年(明治35年)12月10日
現況 現役
覆工 レンガ